真昼に雪が降っている。
陽が差しているのに、雪は随分前から降り続けている。
雨なら、狐の嫁入りということになるのだろうが、雪の場合は一体何と言うのだろう。
研次は、濡れた舗道を歩きながら考えていた。
待ち合わせの場所はもうすぐそこだ。
気が重たかった。
待ち合わせの相手は研次を待っているわけではない。
朝、携帯が鳴った。
家にいるときでもマナー・モードにしているはずなのに。
同級生の高橋晃だった。
「研次、もう起きろよ。外見たか、雪降ってるぞ、雪!」
カーテンを開けると、晃の言うように雪が降っていた。
「おい、昨日の事、頼むぞ」
思い出した。昨日、無理矢理晃に飲みに連れて行かれて、酔ったところで頼み事をされたのだった。
嫌な内容だった。
晃は、今風に言うとイケメンで、女の子にももてた。
自分に与えられた状況を晃は享受していた。
いつも、晃の側には女の子がいた。
あまり、次から次に変わるので、このごろ、研次は女の子の名前を覚えようという努力を放棄していた。
「あのな、研次、明日、俺の代わりにデートしてくれよ」
酔いの回った頭でも、馬鹿な頼み事だというのはわかった。
「そんなことできるか。また女の子乗り換えるんなら、自分ではっきり相手にそう言え」
「またまた、そんなきついこと言って。俺たち幼なじみだろう」
幼なじみであることとデートの代打を務めることにどんな関連があるというのだ。
やっぱり酔っていた。
研次はその頼みを引き受けた。
晃も晃なら、俺も俺だ。
「ああ、覚えてる」
頭が痛かった。
「そのかわり、調子のいいことは言わんぞ。晃は他の女の子とつきあってるとはっきり言うぞ。」
「仕方ないな。ま、なるべく穏便にな、俺、平和主義者だから」
「知るか」
研次は携帯を切った。
待ち合わせの場所は、駅前にある喫茶店だ。
女の子の名前は忘れたが、携帯電話で嫌と言うほど写真を見せられていたので、間違える心配はなかった。
喫茶店に着くと、店はひまそうで、すぐに相手の女の子がわかった。
窓際の席で本を読んでいる。
その姿を見たとき、研次はこんなことを引き受けた自分の愚かさに改めて嫌気が差した。
覚悟を決めた。
その席に近づき、女の子の傍らに立った。
女の子は顔を上げだ。
昨日見せられた写真よりも素朴な印象だ。だが、美しく澄んだ瞳の子だった。
ますます気分が重くなる。
それを押し返すように、研次は言った。
「高橋は今日来ません」
女の子は何か言葉を探しているようだった。
ウェイトレスが注文を聞きにやってきたので、研次は「すみません」と断りながら、女の子の向かいの席に座った。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
「ホット、お願いします」
ウェイトレスが去ったあと、研次は改めて少女の顔を見た。
最初の印象はますます強くなった。
派手なところのない、静かなたたずまいの美しい少女だった。
晃に対して憎悪がわき上がってきた。
こんな子まで、遊び相手にしてるのか、と。
「突然すみません。僕、高橋の同級生で、葉山と言います。」
頭を下げて、一気にしゃべった。
「待っててもあいつは来ません。今頃、他の女の子と会ってます。いいところもあるんですが、こと、そういうことに関しては最低のヤツです。すみません」
女の子が口を開きかけた。
研次はそれを遮るようにあわてて続けた。
「あいつとはもうつきあわない方がいいと思います。赤の他人が口出すことではないですけど。あなたの気持ちもあるとは思いますが、これからも続いてもっと悲しい思いをするより、今やめた方が」
自分がまるっきりのバカに思えた。
ウェイトレスがやってきた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
伏せていた目を上げて少女の顔を見ると、彼女は少し微笑んでいた。
そして言った。
「あの、私も代理なんです。」
続けようとしていた言葉を研次は思わず飲み込んでしまった。
外にちらっと目をそらすと、雪はまだ降り続いている。
「でも、昨日確かに写真見せてもらって・・・。」
研次はつぶやくように言った。
「私たち双子なんです。今日高橋さんとお約束していたのは姉の由香里で、私は妹の沙也香といいます。姉がどうしても代わってほしいと頼むのを断り切れないで。すみません。」
研次は、体から全ての力が抜けていくような気がした。
拍子抜けと安心とうれしさとが混ざり合った複雑な気分。
「姉から高橋さんへの手紙預かってるんです。たぶん、交際のお断りの返事だと思うんですけど」
沙也香はバッグから出した手紙を研次に手渡した。
「そうですか。でも、よかった」
二人は互いの顔をしばらく見つめて、やがて笑い出した。
研次は笑顔の沙也香を美しいと感じた。
沙也香は、朴訥だが、善良そうな研次の笑い顔を好もしいものに感じた。
研次は、沙也香に言った。
「ケーキでも頼みませんか」
「はい」
二人は微笑みあう。
テーブルに陽が差してきた。
二人は、共に外を眺めた。
陽差しの中、真昼の雪が、まだあわあわとふり続けていた。